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トム・ハンクスの「ターミナル」
ビッグやスプラッシュを見てから、かれこれ18年くらい彼のファンである。
トム・ハンクスの演技はいつもの通りGood!
トムが演じるビクター・ナヴォルスキーを固める、フライトアテンダント、アメリア(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)や空港の職員たちも、様々な人生を背負っているが、それを笑いと涙でさらりと描いている。

でも、観終わってから、なんでトム演じるビクターは、あの理由で(ネタバレになるから書かないが)一途に空港で待ち続けることができたのか、どうしてビクターとアメリアの恋を成就させなかったのか、あのインド人の清掃係は、ああまでしてトムの一日のために自らを犠牲にできたのか・・・一体スピルバーグはこの映画で何を言いたかったのか?っていうのがよくわからなくて、ちょっと消化不良に陥った。

同じような気持ちを持った人のために、以下はNYタイムズ等で調べてみたこと&この映画に対する自己解釈を書いてみる。

この映画には、ちゃんとモデルがいたのだった。その人は、イラン人と英国人のハーフとして生まれた、イラン国籍の男性マーハン・カリミ・ナゼリさん(59歳)。彼は1988年から、16年に渡って、パリのシャルル・ドゴール空港の第一ターミナルに住み、複雑な現代社会の象徴となっているのであった。

ナゼリさんはイギリスの大学に留学中の1976年に祖国イランのパーレヴィー国王への反対デモをしてイランから国外追放の身となった。以後ヨーロッパ各国に一時的な難民証明書を持って滞在し、1981年にベルギーで正式な難民証明書が発行されてから、何の問題もなくフランスやイギリスに渡ることができた。しかし1988年、パスポートと国連発行の難民証明書を盗まれてイギリス入国を拒否され(パリの地下鉄で盗まれたと主張)、ナゼリさんは自分が誰で、彼が難民であるという証明をすることができず、仕方なくパリのシャルル・ドゴール空港に降り、以来ずっと住み着いているという次第だ。

ナゼリさんの風変わりな遍歴は、空港で働く人や、通り過ぎる旅人を通じ、空港の外にもいつしか広まった。特にこの問題がフランスの人権弁護士によってとりあげられるようになってからは、メディアにも登場するようになった。「ターミナル」の前に、「パリ空港の人々」というフランス映画のモデルにもなっている。

ナゼリさんの暮らしぶりを支えているのは、空港やエアラインの職員、空港にあるお店で働く人々が、食券をあげたり、小銭を渡すことによる。トムが演じたように、洗面所でひげをそり、飛行機の乗客用の歯ブラシセットで歯を磨き、アメリカやイギリスの新聞を読み、まさに空港で生活をしているのである。

さて、この映画への私なりの解釈ということで・・・
ビクターは自由のきかなさそうな国クラコウジアから、「自由の国」といわれるアメリカにやってきた。だが空港で彼を束縛したのは、国同士の法律や、人々の思惑であった。彼のささやかな願い-お父さんの夢をかなえることが、ビクターの人生での大きな目標であったわけで、その夢をかなえる選択肢として、ビクターはまっとうな方法を選んだ。

そう、空港でアメリカに入国できるその日まで、空港で待ち続けることだ。法を犯せばいくらでも可能なことだったのだけれど、それはビクターの信条が許さなかったのだ。

キャサリンが演じたアメリアは、自由な国に生き、フライトアテンダントもような華やかな職にあり、そして自由な恋愛をしている。しかし愛する人は既婚者で不倫関係にあり、彼を本当の意味で手に入れられない苦しさに悩み続けた。ビクターとの出会いがありながらも、選択したのは辛くても自分の心のままに生きること。

インド人の清掃職員グプタは、もしアメリカから強制送還されてインドに戻るようなことになれば、過去に犯した罪によって刑務所暮らしとなる。それだけは避けたくて目立たぬようにひっそりと生きてきた。しかし彼はビクターのために自分の生き方を変えた。

人間はいろんな「枷」(かせ)を持って生きていて、心は自由であれど、目に見えない鎖につながれている。それは「国」「法律」「過去」「愛」・・・
スピルバーグはその「枷」を持って苦しみ悩む人間が、どうやって「それぞれの幸せのかたち」を見つけるかが大切だってことを言いたかったのではないだろうか。

モデルとなったナゼリさんは、1999年にフランス当局から一時滞在許可証を出されたにも関わらず、署名拒否をしているとのこと。ナゼリさんが求めているのは、もっと別のところにあるのかもしれない。それはナゼリさんをまっとうな形で受け入れてくれる国が出てくることを待っているのではないか。いつの間にか「待つ」だけでなく、「時の人」になってはいるものの、
その日までナゼリさんは、シャルル・ドゴール空港のターミナルに住んで「待って」いる。

もしこの映画を観た方がいらしたら、感想を教えてくださいね♪
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by small-cherry | 2004-12-25 12:22 | 映画・ドラマ
「僕の彼女を紹介します」を観て
韓国映画とドラマに、ほとんど精通していない私。
こんなに日本人の心をとらえる理由を知りたくて、「僕の彼女を紹介します」を観てきた。

まず主演女優チョン・ジョヒョン。
あの無表情さと笑顔のギャップ、長い手足など、魅力があふれる女の子だなと思った。
「猟奇的な・・・」の時より、「僕の彼女・・・」のほうが何倍も美しくなっている。
彼が死んでも「風」になるというエピソードもよかった。

けれど、全体的に話の流れのつじつまがあわなかったり、ムダにアクションシーンが多かったりして、せっかくの素敵なエピソードを殺してしまっているのではないかと思った。
そして強くて怖くてたくましい女のキャラクター、どうしても「猟奇的」でのチョン・ジヒョンがかぶるのだけれど、それってあのラストシーンに持っていきたかったから?

さて、私、年末に韓国に初めて旅行にでかけることになった。
「近くて遠い国」を自ら変える機会になるはずと期待大!楽しみ!
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by small-cherry | 2004-12-23 12:01 | 映画・ドラマ
年齢なんて関係ないって・・・Samuel Ulmanの詩から
つい先日あった昔ながらの友達同士の集まりの時のこと。共通の知人で、日本の大学に勉強に来ている留学生君の話題が出た。発言者をAさんとしよう。

A「留学生君、卒業したら将来どうするんだろうね」
私「自分の国に帰る前に、日本の会社で2、3年働いて勉強してから、戻るみたいだよ」
A「今の年齢でもオッサンなのに、そんなこといっていたら、益々オッサンじゃん」
私「・・・・・」

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by small-cherry | 2004-12-19 13:03 | 極めて個人的な所感
六本木ヒルズけやき坂より
今夜、けやき坂の上から撮った六本木ヒルズのイルミネーション。
東京タワーも右側に収まった。
けやき坂には写真をとりあうカップルや、友達同士も沢山いて、都会の贅沢なプレゼントを楽しんでいる。b0015137_8281884.jpg

そういえばヒルズの店舗の中で、時々、宝飾品のショーウインドウを真剣にのぞいている男の子を見かけることがある。好きな女の子へのプレゼントを真剣に探しているんだろうなと微笑ましくなってしまう。

私の学生時代は、バブル経済華やかなりし時、××君はディズニーランドのホテルに1年前から予約を入れていた、なんて話題や、24日や25日には、TiffanyやVuittonの紙袋が、ターミナル駅のゴミ箱に捨ててあったのを見たものだ。今はどうなんだろう。

かくいう私も20歳頃は、学校で友達に会えば、クリスマスの過ごし方や彼へのプレゼントは何を買うか、友達同士のクリスマスパーティーはどうするか・・・12月になればそんな話が尽きなかった。あんなに夢中になれなくなったのは、年齢を重ねて、気持ちが冷めたから?

いや、現実的には、社会人としての責任が年々増えて、考えることや、やらなければいけないことが沢山あるから仕方ないのよ・・・と思ってみるものの、たまにはワクワクするくらい、自分のために、そして誰かのために、クリスマスを楽しんでみたい。でも・・・

何かに傾ける「情熱」と、客観的にモノゴトを見てしまう「冷静さ」をトレードオフしながら、人は生きているのかもしれない。

それでも、けやき坂の美しいイルミネーションは、足早に歩く自分にでさえ、はっと心をときめかせてくれる。美しい季節に乾杯。
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by small-cherry | 2004-12-17 23:43 | Tokyo
ヨセミテへの旅-それはアンセル・アダムスの写真から始まった
本棚に入りきらなくなったビジネス本を整理していたら、アンセル・アダムスの写真集が出てきた。思わず見入ってしまった、モノクロの世界。

シェラ・ネバダ山脈を色々撮っている彼の代表作は・・・
ヨセミテ国立公園―世界遺産のひとつとなっているアメリカの国立公園である。
サンフランシスコから車で5、6時間かけて行くと、古代、氷河によって切り開かれた花崗岩の山が、地球の創世を感じさせるようにしてたたずんでいる。

山からは豊かな滝が流れ落ち、川の水は澄み、周囲の自然の恵みを水面に映して流れ行く。そして野生の鹿やリス、アライグマといった動物たちが時々姿を現す。

彼の地に行ったのは、もう10年くらい前になるだろうか。そこに行きたいと思うようになったきっかけは、更に前のことになる。

-私は学生時代、ある写真家の事務所で受付のアルバイトをしていた。
受付とはかっこよく聞こえるかもしれないが、仕事内容は、朝事務所の鍵を開け、フローリングをダスキンのモップで適度にし、そして受付の席に座って、来客があればお茶を出したり、電話に出たり、というとても暇で簡単なものだった。空いた時間には本を読むこともできた。
撮影の際に来る旬の芸能人を見ることも、結構私には嬉しかったのだけれど。

そこでは時々本棚にある外国の写真集を眺めたり、裏の螺旋階段の壁にかけてあった、多分買ったら目が飛び出るくらい高い、ハーブリッツなんかの作品や、バイト先の写真家が撮ったジョンとヨーコの'Milk and Honey'のジャケットに使われている、二人が口づけする写真を、ぼんやり眺めているひと時が好きだった。

写真は時間を切り取っている。目には見えないし、手ではつかめない「時間」が、カメラのシャッターを切ることにより、永遠にそこに残される。その切り取られた「過去」と、流れ行く時間の中にある「現在」の自分が対峙している感覚は、なんとも不思議な魅力があったのだ。
カラーではなく、モノクロの写真がいざなう「切り取られた過去」に私は魅了された。

受付のバイト代で貯金したお金を使い、生まれて初めて海外を旅したのは、大学3年の時だった。飛行機から降りて、サンフランシスコに足をつけた時の感激は忘れられない。
アメリカを西から東に3週間くらい回ったが、NYではお決まりのメトロポリタン美術館に行った。ゴッホの絵に感動し、ホックニーの富士山と水仙の絵にときめき、そしていくつめかの展示室には、写真が沢山飾られていた。それも大好きなモノクロ写真ばかり-

そこで出会ったのが、アンセルアダムスのモノクロ写真「ハーフドームと月」であった。
なたで真っ二つに割られたような岩山の上空に月が輝く、美しい写真であった。
プレートには'Yosemite'と記されていた。私はこの世のものとは思えない光景にしびれてしまい、しばらくそこを動けなかった。

日本に戻り、書店でアンセル・アダムスの写真集を見つけ、彼の作品について調べてみたが、私は一連のヨセミテ公園で撮影された写真が好きになり、いつか月明かりに照らされるハーフドームを見に行くことが夢となった。

実現したのは95年。公園の主催するツアーに参加して、ハーフドームの向いの山に行き、月光に輝く山を見ることができたのだ。あまりの美しさに声も出なかった。
(下記のアンセル・アダムスギャラリーでは、先に書いた「ハーフドームと月」を始めとした彼の作品がスライドで見ることができる。)
ヨセミテ
あの神秘的な美しさは、私が表現するには余りあるほど、素晴らしいものだった。

何か興味をそそられる出来事とのめぐり合わせによって、旅に出向くことがある。縁を感じる感覚が心に火を灯す。中学か高校の時にたまたま観たイサムノグチのドラマで、彼の数奇な人生に惹かれ、NYのイサムの美術館に行った。小さいときに読んだアンネの日記がきっかけで、自分の目で悲劇を確認するためにもアウシュビッツに行った。実際に自分が足を運んで見たことは、何にも変えがたい宝物だと思っている。

何かのきっかけが、自分の好奇心や興味をかきたて、行動を起こさせてくれる。そんな偶然を大事にして、これからも旅に出たい。

そして、過去の旅、これからの旅について、素敵なこと、面白いことなど、ブログで記していきたいと思う。旅好きな人からの反応があったら嬉しいんだけれど。
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by small-cherry | 2004-12-12 23:00 | 旅行
あなたはどんな名刺を持っていますか~ステキな名刺屋さんのご紹介~
昔からよく知っている友達にでさえも、
自慢して思わずあげたくなるような、そんな素敵な名刺を作った。
あまりにも自分が気に入っているので、ちょっとここで紹介してみたいと思う。

オリジナル名刺を作ろうと思ったのは、こんなきっかけだった。
社会人の時には、名刺ってものは会社から支給され、それが自分の身分証明代わりに
あるのが当然のごとく、常にバッグに携帯していたものだった。
しかし大学院生になった今、自分でお金を出して作らない限りは持つことができない。
ついこの間まで、初対面の相手から名刺を差し出されても、こちらには渡せるものがなく、
「いや、ちょっと今学生なんで・・・」と言う自分がちょっぴり小さく感じたりしていた。

それじゃあ私も名刺を作ろうと思い立ち、今までいただいた名刺のファイルを見ながら、
どんな感じがいいだろうと考え巡らしていたところ、以前、ソムリエの資格を取った同僚の
名刺が目に留まった。

それは女性らしい柔らかいクリーム色の地色に、ぶどうの房の絵が入り、
裏面には、「ワインについて勉強しています。ワインの会などがございましらた、ぜひお知らせください」というひとことが記されていた。

自分がもしワイン愛好家で、初対面の相手からこんな名刺をもらったら、知り合いの輪を広げる意味でもすぐに連絡したくなるだろうと思うくらい、
彼女の謙虚な姿勢と親しみやすい「雰囲気」が出ている。

昔、ある洋服デザイナーの言葉に、
「ファッションは、着ている人を表現する手段である」というのがあった。
それを聞いてから、服を着る際には、なんとなく自分らしさが出るようなものを
選んで着ている気がする。
人間の第一印象は、その後の印象の80%を形作るという。
着ているものも、視覚から得る情報として他人の意識に入り込むことを、
先のデザイナーは語っているのだろう。
ファッションには、人を表す相乗効果があると思うようになった。

実は名刺も同じような効果があるのではないか。
いただいた瞬間のインパクトと、更に後でそれを見返したとき、
名刺はその人の印象を思い返すための手段になっている気がする。

自分のイメージ・・・ものごとにとらわれない「自遊人」的で、明るく、可愛らしい(?)感じ。
そんな印象を与える名刺が作りたくなった。

地元のショップに足を運んだり、更にネットでどんなものが作れるか探してみたところ、
何件目かにとても惹かれるデザインが数多くあるオンラインショップを見つけた。
それがアンビルデザイン事務所である。

気に入ったデザインを選び、自分の住所や名前をデータ送信すると、翌日には校正をしたものをメールでいただける。それで了解となると、あとは送られてくるのを待つだけ・・・
という具合にとても簡単だった。

アンビルさんのデザインはどれもオリジナルで、紙質やインクは、耐久性のある高品質のものを使っているようだ。
(実は旅先で大雨に降られ、名刺が少々雨に濡れてしまい、ドキドキしながら乾くのを待っていたところ、インクの滲みや、紙のヨレもなかったので、正直これには感動した)

また担当の方は、こちらの質問にも丁寧に対応してくれるので、とても気持ちのいいやり取りができた。

会社の名刺を持っている人も、持っていない人も、自分らしいテイストや、遊び心があふれた名刺を持つことで、違う世界が広がるかもしれない。

さて今日は、誰にこの名刺を渡そうか。
この名刺がきっかけで、友達になれるような人に会えたら嬉しい。
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by small-cherry | 2004-12-08 19:01 | 極めて個人的な所感
「ぼくにもできる展」 by 弘済学園 @東京駅丸の内側南口
週末、香川県の直島で行われたシンポジウムツアーに参加してきた。
ベネッセコーポレーションが開発した美術館を見学し、ベネッセ会長の福武總一郎さんや、設計した安藤忠雄さん、ベネッセのCI等でアドバイスをしてきたPAOSの中西元男さん、直島の美術館の館長の秋元さん、そしてナビゲーターは一橋大学の教授の米倉誠一郎先生という豪華キャストによる、贅沢なシンポジウムだった。

列島をおそった暴風雨のため、せっかくの瀬戸内海の美しい海や空が見られないままの見学だったけれど、美術館にしろ、シンポジウムにしろ、得るものが大変たくさんあった旅であった。

また時間のある時にでも、これについては書いてみたいと思う。

今日は、明日の試験勉強の参考図書を求めに(手遅れって気もするが・・・)東京駅にできたNew丸善に行った帰りのこと。
JR丸の内側の南口のところで、鉄道弘済会の運営による「弘済学園」という、知的障害児や自閉症児のための学校の生徒の作品の展示並びに即売を行っている催しが目に留まった。

(「鉄道弘済会」というと、私には時刻表の発行元であったり、KIOSKの運営とか、旧国鉄系の事業団体という記憶しかない。元々この弘済会というのは、不慮の事故によって殉職した職員の家族等を援助することを目的として1932年に設立されたとのことだが、時を経て、一般の人々を対象にした公益事業団体に範囲を拡大し、福祉事業も営んでいるとのこと。)

展示会では、とても手の込んだクリスマスの飾りや、木彫りの小物、そして冬を代表する花であるシクラメンの鉢など、子供たちが丹精に作ったものが並んでいた。

一角においてあったリーフレットを手にしてみると、そこに書かれていた一文に目がとまった。

「持っている力の小さな人にもそれでいいんだよと肯定し、その人なりの自己実現を応援していくということは、各人の違いを認めることが前提となります。
人それぞれ、かけがえのない人生です。人は一人では生きられず、人社会の中で、人と関わりながらの暮らしを少しでも豊かにするために、各々ができることを分かち合い、補い合い、認め合って歩んでいきたいものです。」

この言葉の中には、障害を持つ人に対してというより、すべての人に対するメッセージが含まれていると思う。

国と国の違い、人種の違い、地域の違い、文化の違い、言葉の違い、性別の違い・・・
他人をすべて受け入れることはなかなか難しいことだけれど、心の中の「棄却域」(統計用語ですが、許容範囲みたいな感じ)を狭めていくことで、争いや憤りも少なくなっていく気がする。特にグローバリゼーションが起こした先進国と開発途上国の問題が、私の頭の中をかすめた。

知的障害を持っていたとしても、決してすべての能力が劣っているわけではない-この展示会の作品を手にとって、ずんとそれが伝わってきた。自分が小学校や中学校の技術家庭の時間につくったものを思い出したが、比較にならないほど高い完成度である。
今日が初日ということもあってか、作った子供たちが親御さんと一緒に見にきていた。自分の作った作品を背景に写真をとったりしている姿を見て、こういうイベントが彼らの成長や励みにつながっているのだと思った。

b0015137_19232572.jpg-「ぼくにもできる展」-
この展覧会は、12月6日から10日まで、朝11時から夜8時までやっています。
東京駅を通る方は、ぜひのぞいてみてください。
私はいくつかのクリスマスリースを買いました。仲のいい友達にあげようと思っています。
自分用にはこのバッグ。葉っぱの刺繍が人間の「成長」を表現している気がして。
自分もこれからまだまだ成長しなくちゃ!
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by small-cherry | 2004-12-06 15:55 | Tokyo
韓国ブームの裏にあるもの
韓流ブーム、どう思う?


ヨン様に今のところは興味が湧かない・・・「冬のソナタ」を1度しか観たことがないくらいだから。
でもヨン様が、私たち日本人にとって近くて遠かった韓国を、実に身近にさせてくれた効果ははかりしれないと思う。

韓国は国をあげて「映像」コンテンツにお金をかけている。
なんといっても税金で、年間850億円も国が投資している。
かたや日本は、最近になって重い腰をあげ、経済産業省がコンテンツ産業を盛り上げ、人材を育てようといった趣旨で、研究や懇談会を行っているが、その投資額はわずか13億円と、
全く話しにならない・・・。

韓国が力を入れた政策が実を結んだ。数年前の「シュリ」や「JSA」などの映画の後に来た「冬ソナ」ブーム。日本で韓流ブームを生み出し、これほどまでに上手く受け入れられると、成功モデルの理想のように思う。

そして映画が企画の段階で、日本市場に3億円で売れるらしい。それだけで、映画制作の資金が回収できてしまうのだから、これはすごい「国策ビジネス」だ。

しかし国策ビジネスだろうとなんだろうと、これまでの「韓流」は、日本人にとっていい機会を生んでいる!と私は思う。

ワールドカップサッカーの共同開催や、ヨン様ブームにしろ、日本人が韓国に触れ、実際に足を運んだり、本を読んだりすることで、過去の歴史を知ったり、新しい関係(経済にしろ、民間の交流にしろ)を創りだしているのではないか。

なぜそのように思うかというと、お恥ずかしい話だが、私の経験から来るものである。
8年位前の香港や台湾、中国映画のブーム、いわゆる「アジア映画ブーム」の頃、私は数多くの映画を観てきた。初めは「かっこいい」と思った俳優への興味。しかし様々な映画を見るにつれ、日本が戦争で植民地化して、民衆を酷い目にあわせていたりする様子や、「敵国日本!」「日本鬼!」と人々が怒り、そして恐れる描写を目にすることになった。教科書で習った歴史のことなど、テスト前に暗記しただけで忘れてしまい、高校、大学時代にアジアの歴史を俯瞰して理解することをしてこなかった私には、結構ショックなことだった。

「日本とアジアの過去と現在を知りたい!」と思う私の気持ちは、歴史や文化の本を何冊も読むことに駆り立てた。
そして事情がよくわかった。
私は日本人がしてきたことを知るとともに、私たちにはない、「国民のアイデンティティ」を持つ彼らを尊敬するようになった。そして香港人や台湾人の友達ができた。

映画やドラマをきっかけにして、韓国をより知りたいと思った人は、沢山いるはず。
「韓流」は、これからの日韓の関係を、政治やスポーツのレベルでなく、民間の交流レベルで相互理解を生む、素晴らしいチャンスだ!

時間ができたら、「冬ソナ」を見て、私ももっと身近な国のことを知らなくては。

追記:女優の黒田福美さんは、韓国を日本に紹介した、民間レベルの先駆者だと思う。
彼女が書いている、韓国に関する旅行ガイド等は、なかなか面白いし、私が知らなかった韓国の一面を教えてくれた良書だった。彼女は心から韓国を愛している人だ。
最近は、韓国に関する活動はしていらっしゃるのでしょうか?
ご存知の方がいらしたら、教えてください。
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by small-cherry | 2004-12-01 18:47 | 極めて個人的な所感