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クリスマスツリー @ 立教大学 in 池袋
あとわずかで12月。
クリスマスのイルミネーションで、街の雰囲気がそれらしくなってきている。

週末、地元のターミナルビルのカフェでお茶をしていたら、
「クリスマスリース教室」を開いていた。
もみの枝をデコレーションしたりして、3時間くらいで作れるものらしく、
何人かの女性が一生懸命作っている景色が見え、しばらくすると教室が
終了し、参加者は方々に散っていった。

「あの人たちは、気持ちのこもった暖かいものを持ち帰るんだな~」と思い、
いろんな光景を想像してしまった。

たとえば家に帰って、あったかいミルクティーを飲みながら、自慢の作品を微笑んで見ている様子とか、袋の中からリースを取り出して旦那さんや子供の歓声が上がっている様子だとか、ちょっと空想に入ったのだった。

キリスト教を信じる人が多い国とは違って、日本のクリスマスは商業的ではあるけれど、
それでも人の心の中に、誰かを思ったりする気持ちが芽生えることがあるだけで、
結構意味のある季節なんじゃないかなと思うようになってきた。

それは恋人に限ったものではなく、小さいときにもらったクリスマスプレゼントのことを
思い出して、遠くにいる両親のことを考えるとか、ミッション系の高校に教会があって、一緒に隣で賛美歌を歌った友達のことを思い出すとか、または異国で戦争の中にあって、クリスマスが祝えない人のことでもいい。そういう瞬間を持てることが、クリスマスの1つの意義でもあるんじゃないか。

華美ではないけれど、ステキなクリスマスツリーを紹介したい。
それは池袋にある立教大学のツリー。池袋駅から西口を出て、立教通りをまっすぐ進みと、
左手の闇の中に見えてくる。喧騒の街から切り離された空間。
(実は今日が点灯式で、多分18時ごろ、学生たちが「きよしこの夜」なんかを歌いながら、
明かりがともされる)
Rikkio Univ
(きれいな2本のツリーが池袋キャンパスのツリーです。
→更にHP真ん中のWhat's newの12/6更新「クリスマス行事」をご覧ください。学外の方も参加できる行事がのっています。教会の礼拝や、メサイアにチャペルコンサートなんかもいいですよ。注:池袋キャンパスと新座キャンパスでの催しに分かれているので、場所をちゃんとチェックしてくださいね。)

卒業生の長島一茂も、プロ一年目にこのツリーを見にきている。
(なんでそんなことを知っているかというと、池袋の地下道で「ツリーついている?あれ、見ないとね!」って私の友達に聞いてきたから。)

もしこのブログを見たことがきっかけで、ツリーを見に行ってくれる人がいたらすごく嬉しい。

今年もふらりとツリーを見に行くつもりだ。そしていろんな人のことが去来するのかな。
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by small-cherry | 2004-11-29 17:07 | 季節もの
山崎貴監督の次回作発表! 「三丁目の夕日」
「ジュブナイル」、「リターナー」の山崎貴監督の最新作について、発表があったようです。

西岸良平さんのマンガ、「三丁目の夕日」が原作で、昭和33年の日本が舞台となります。
想像するに・・・今の日本人が忘れてしまったものが、描かれたりするのではないでしょうか。

山崎監督のHPに、そのイメージ画像のリンクがありました。
建設中の東京の向こうにある、富士山の横に沈む夕日。
まだ朝なのに、その美しさにぼーっと見ほれて、思わずたそがれてしまいました。

よろしかったらご覧ください。
三丁目の夕日

実は3年くらい前だろうか、知人から「すごい監督が日本映画にいるんだよ。映像もきれいだから1度見てごらん」と薦められたのが、山崎監督の「リターナー」。
「Shall we dance?」以来、邦画からは縁が無く、「なんで周防さんは映画作らないの~?」ってくらいしか、邦画に格別寄せる思いってのはなかったのだから。

友達のプッシュで「そんなにいうなら見てみようか」とあまり期待せずに映画館に行ったところ、すごく面白かったのである。ラストにいたるストーリーのどんでん返しもさることながら、それまでSFXを駆使した映画が苦手だったくせに、結構感動してしまいました。

山崎監督は私にとって、日本映画をみるきっかけを作ってくれた「恩人」です。
(先日ある機会に山崎監督がいらしていたのですが、勇気を出して話しかけ、「監督のおかげで・・・」と伝えることができました。偉い人なのに全然偉ぶらない、そして笑顔のステキな方でした)

山崎監督の「俺はいつだって考えているんだよ」のアドレスは下記の通り。
監督の日々の日記における書き込みが、なんとも言えず気さくなお人柄を表してる気がして、時折楽しく拝見しています。
山崎貴監督HP

昭和33年の日本が、どんな風に山崎さんの手によって描かれるのか・・・
とっても、とっても楽しみなのです。

因みに公開は来年の11月です。
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by small-cherry | 2004-11-23 08:13 | 映画・ドラマ
あなたの夢は?
現在の私は髪が長くて、ウエーブがかかっている。
そんなヘアスタイルをしていると、ちょっとくらい美容院にいかなくても、
髪をアップしたり、適当にブローしていれば、なんとかごまかせてしまう。

なんといっても美容院に行くと、カットから、カラーリング、パーマのコースで
4時間はかかる。その時間を考えると、翌日の予習や、少しでもビジネス書を読むか、
またはぱ~っと映画に行くか、友達と美味しいものを食べに行くかって方を選んでいた。
・・・「忙しさ」(?)を言い訳に美容院に行かないまま4ヶ月が過ぎた。

しかし、昨日、なぜか久しぶりに「行こう、美容院!」という気になり、大学院の授業が終わり次第、六本木にある行きつけのサロンに向かった。

そこで久しぶりに会ったいつもの担当君から、「実は12月の頭にやめる」と聞かされた。
もしかして私が急にここに来たくなったのも、何か通じるものがあったのかな~とふと思った。振り返れば、約5年のお付き合いだった。

(皆さんも感じたことがあるかもしれないが、「必然ちっくな偶然」って日常の中で時々経験しませんか?欲しかったのに絶版になった本が、たまたま入った書店にあったとか、ずっとあっていなくて、たまに「どうしているんだろう」と思い出していた知人にバッタリ出会ったことがきっかけで、再びいいおつきあいができるようになったとか・・・。今回の美容師君がやめる前に会えたことも、必然的かと思わせる「偶然」に違いない)

やめる理由は、西日本の郷里に帰るから・・・ということだが、話しているうちにご実家に何らかの事情があるからだな・・・ということが伺えた。けれど、地元に帰って将来は「美容院を経営して、ビジネスをやりたい」という夢を持って頑張るつもりだと彼は話していた。

たかが1ヶ月に1度くらい行って、互いにたわいもない話をしていただけとはいえ、彼の技術という見えない力のおかげで、この5年間の私は楽しくやってこれた。
彼の手による髪の仕上がりひとつで、人に誉められたり、注目されたり、服装のアクセントになったりと、自分の気持ちをハッピーなものに高めてくれた。
別れは寂しいけれど、今までの感謝を持ちつつ、「頑張ってね」と握手してお別れした。

人生には何らかの転機がある。

夢を持つなら、それに向かって頑張ってほしい。

夢があるなら、実現に向かってなんらかの努力をすること。
たとえ叶わなかったとしても、何もしない人生よりずっといい。

先日大学の授業で聞いた言葉、リクルートの社訓ということだが、結構気に入っている。
「自ら機会を生み出し、その機会によって自らを変えよ」

夢に向かって、私も頑張ろう。
久しぶりに髪型を変えて鏡に映る自分が小さく頷いた。
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by small-cherry | 2004-11-23 08:03 | 極めて個人的な所感
福助再生-藤巻幸夫社長に期待します!
ご無沙汰しちゃいましたが、久々にブログを書かせていただきます。(ちょっと緊張)
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福助の藤巻社長の講演会に出かけた。

私が持った藤巻さんの感想は、「すごくパワフル!!」

この人がマーケターとして、いや人間力があるという面で、圧巻されたことを挙げてみると・・・

① 弾丸トーク
  
しゃべる、しゃべる!頭の回転が速いことと、藤巻さんの人柄が言葉に出て、ついつい話しに
引き込まれる。
喋るからこそ、「藤巻さんってこんな人なんだな」というのが、誰にでもわかりやすく、記号化される。

② 好奇心と行動力

伊勢丹に入社して2年間は、ほとんど友達と遊んだりせず、仕事の知識を増やすことを心掛けたという。
洋服の糸に興味を持てば、出入りのメーカに頼み込み、産地である愛知県の一宮市まで出かけ、糸の太さから染め方まで勉強。また売れるための商品を仕入れるためには、どうしたらいいか考えて思いついたのが、伊勢丹の若いお客様がどこに流れるか、その後をついていったという。そこで例えば渋谷のお店に入れば、その店名と電話番号を控え、電話をかけて取引をお願いしたりとか。
(伊勢丹勤務の方に伺うと、この会社にはパワフルバイヤーが結構いるらしい)

自分の足で現場を見て、知識を得るって、当たり前のようなことで、案外できていない人が多い。社会人になると忙しくて、ついついおざなりになる。それは私自身、反省させられた。
自分はあるブランド会社にいたが、本当は競争相手がどんなものを売り、どんなサービスを提供しているのか、会社から与えられるのではなく、自分の時間を使って見に行かなくてはいけなかった・・・頭の中でわかっていても、なんとなく仕事は回ってしまっていたから、努力を怠った気がする。(人と違うことをしたい!という方は、ぜひ「好奇心から生まれる行動力」を大事にしていただいたい。努力は何かの形で実を結ぶはず)

③感性

もともと美くしいものや、伝統文化にもとても興味があるようで、福助の新しいロゴにもそれが出ている。(日本で袴によく利用される、深い緑がかかった「鉄紺」と、勝ち色といわれる縁起のいい「柿色」を使っている)

伊勢丹のバーゲン売り場から、そしてバーニーズのバイヤーまで、色々な商品を見て、藤巻さんが考えたことは、「日本発のものを立ち上げたい」ということ。31歳のときであったという。
バーニーズから戻ったあと、藤巻さんが立ち上げた「解放区」というのはそのコンセプトの現われである。

恥ずかしながら私がビジネススクールの面接で話した志望理由が重なった。
「日本発のブランドを立ち上げ、アジア市場に売りたい」と、思わず言ってしまったこと。
これは藤巻さんの話を引用したのではなく、海外ブランドを扱う企業で、実際に商品を見て、触れ、そしてお客様と話して思ったことから端を発する。
―なんで日本人のサイズに合わないものをみんな買うの??

足の甲が高いのに、7万も8万もする靴を無理に買っては「痛い」といってくるし、足の長さや肩幅があわないのに、20万もするスーツを買っていく。
ブランド信奉もいいけれど、でもこの人たちが買い物をする訳は、日本のブランドに魅力がないからだというのが私の出した結論であった。デザインや、色の範囲の広さ、イタリア製の生地の風合い。本物のよさを知ってしまうと、それを追い求めてしまう。

またLVやグッチ、エルメスに代表されるように、ブランドには、歴史と信頼、憧れなどが築かれる。昨日や今日できた「店」には太刀打ちできない。旧福助という1882年創業の誰もが知る名前を持つ会社は、藤巻さんの「日本発」が実現できる素地を持っていると思う。

④ 人心掌握術

藤巻さんは、相手が苦手な人を見抜くことができるといい、そして人は変えられるとおっしゃっていた。
もし自分に苦手意識を持っている人がいれば、相手の喜ぶ話題をもちかけたり、ほめたりして、「巻き込むポイント」を作るそうだ。
それはビジネスにおいてチームを作ったり、対客先に対しても重要なポイントである。

あと部下との交流では、やる気のある人を7割、ない人を3割連れていき、やる気のない人を感化させるといっていた。

そして自分のなすべきことに、チーム各員がコミットすることは、企業の戦略上大切なことだ。

藤巻さんは、これから大きな壁がある。次の決算で「好成績」をつくること。
期待できそうな数字が見込まれるとおっしゃっていたので、大丈夫みたいだ。
しかしこれからも、福助の成長戦略をつくりあげなければいけない。
でも「パワフル」藤巻さんであれば、間違いなく、新生福助を大きくすることができるに違いない。

最後に、藤巻さんに好感が持てたのは、食べるのがお好きだといっていたこと。伊勢丹の「解放区」の名前が、目黒の「とんかつ とんき」から来ているというのにも頷けた。(多分、白木のカウンターが囲む厨房など、店内の開放的な雰囲気からとったのだと思います)

藤巻さん、頑張れ!!
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by small-cherry | 2004-11-20 12:02 | ビジネス
明川哲也さん(ドリアン助川さん)について
明川哲也さん・・・というより、解散してしまったグループ、「叫ぶ詩人の会」のリーダー、
ドリアン助川さんというほうがわかる人が多いかもしれない。
NHKの教育番組や、「金髪先生」という深夜番組、それから深夜ラジオのDJをやり、
若者の相談にアドバイスをしていた。

今はドリアンさんは明川哲也さんという名前で、執筆活動や音楽活動を続けている。

明川さんは、バンド解散後、NYに渡ったが、現地でライブ活動をするために、徹底的に英語の発音を直し、そして帰国。今年夏には、「オバケの英語」(宝島社)という本を出し、発音のコツを伝授してくれている。(最近アマゾンでよく売れているらしい)

1週間ほど前に私はその明川さんの英語の発音講座に行ってきた。

外資系に勤務したことがあり、外人と仕事で接する機会もあったし、そして数少ないが外人の友達がいるにも拘わらず、私の英語は上達しなかった。勉強する意欲だけは一人前で、家の本棚には何冊もの英語上達法の類の本が並ぶ。

明川さんの講座に出て、私はなぜ英語が上手くならないかがわかった。
「発音がきちんとできないから、会話がとらえられないし、単語を覚えて、英文を読むと字面で意味は理解しても、音になるとさっぱりわからないのはそのせいか・・・」

思い返せば私の数回受けたTOEICのテストは、ヒアリングが本当に良くない(笑)。

明川さんの英語の発音上達のコツは、身近な食べ物を使って訓練する。
例えば、プチトマトや、おコメ、ゴマ、ちくわなど!
日本語と英語の発音の違いを教えてくれ、そのうえで、口の中で気流の流れを作らせる。

来ていた人に実践させながら進行したのだが、実際にその通り発音すると、目からウロコの思いで、これはきちんと勉強しよう!と決意させてくれる講座だった。
(内容は「オバケの英語」にあるのと同じ)

けれど、この講座の真の良かったところは、英語の教授法もさることながら、明川さんのトークの上手さであった。
ユーモアがあり、昔と同じ熱い口調で語りかけ、聴く人を全く飽きさせていなかった。
そして彼の今までのいろいろな経験が、他の人にはない「存在感」を放っているように感じた。

最近の明川さんの活動は、ご本人のHPにいろいろと書かれているので、興味を持たれた方は、ぜひご覧いただきたい。
森のクマぱん

日々の日記の欄では、明川さんが見たり考えたりしたことが書いてあり、「なるほどな~」と思わせてくれる。(最近の日記で、「歩行者の残す足跡には色がある・・・」なんて私には新鮮だった)

それから明川さんが講演でおっしゃっていたのだが、「新潟の地震の被災地でライブをやりたいと考えているので、もし『自分もバンドを組んでいるから、ぜひボランティアで協力したい』という人がいたら、HPからメールをください」と言っていたので、該当する方はぜひ。

前より英語が少しでも進歩したら、明川さんにお礼のメールを出そうと思う。
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by small-cherry | 2004-11-06 14:05 | 音楽
香田証生さんについて
香田さんの遺体が日本に帰ってきたとのニュースが流れた。

ご両親はさぞやご心痛に違いない。
香田さんが生まれたときに、「生きた証をこの世に残す」という願いを込めて
名前がつけられたという。

最後がこんなかたちとなり、そしてご両親よりも早く、生を終えてしまった。
まさかこんなことになろうとは・・・。

たぶん、旅人の心理として、「この目で世界を見たい」という気持ちが
彼の心に強くあったのだと思う。

それがいいとか悪いとか、政府の対応はどうだとかこの場で議論するつもりはない。

ただ、香田さんの福岡のご自宅には、誹謗中傷の手紙や電話がかかってくるというし、
ネットの掲示板にも、ご家族が見るに耐えない言葉が連ねてある。

顔が見えないからといって、そんなにひどい言葉を投げつけるのは、
直ちにやめてほしい。

残された家族の気持ちを慮る心を持つのが、良識ってものだと思うから。

【追記】
今日発売の週刊誌をさっと読んだが、香田さんはお父上が健康を害していたので
高校を中退後、様々なアルバイトをしていたとのこと。
それは本人が色々な体験をしたいという希望あってのことで、
看護士のお母様に影響を受けてか、老人介護のバイトでオムツの取替えなども
やってきたそうだ。将来についてはアメリカに渡り、義足作りを学びたいといい、
そのために英語を勉強して、更にちゃんと話せるように、NZに渡った。

なぜイラクに行ったのかははっきりしないが、
「NZで会ったイラク人に会いに行く」といって旅立ったようだ。

多分、好奇心旺盛な若者が、友達もいるイラクの現状を自分の目で
見たかったのだと思う。
アンマンのホテルで会った日本人は止めたそうだが、
誰が止めても、意思の強い彼の耳には静止の助言は聞こえなかったのではないか。

未来に希望を持っていった日本人の若者が、彼の地で亡くなったことは、
いずれにせよ悲しむべきことである。
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by small-cherry | 2004-11-04 12:42 | 極めて個人的な所感